2017年 09月 08日 ( 1 )
紅型に対しての思いとは
最近まとまった時間にパソコンに向かうことがなかったのですが、今夜は娘も寝て相方も遅い帰宅で
私自身も目がさえていて、静かな時間を過ごしています。

現在は教室を中心に活動しているチリントゥですが、これからの活動の仕方でさまざま考えることや悩むこともあります。

沖縄で活動している同じ工房出身の友人と、よく「ゆっくり話がしたいね~」と言い合っていますが、本当に話がしたいです。
きっと似たような悩みもあるような気がしています。

私の場合は、沖縄から離れて長くなりました。

修業時代のこれでもか!というほどの染め浸けの日々、その後の京都での制作中心のギリギリの毎日だった数年、
そして教室中心の大阪での今。

教室を開始してから来年で10年になります。

開始当初は、沖縄の修業で学んだ厳しい染めを、教室=趣味というジャンルで扱うことにとても抵抗がありました。
極められた技術、プロとしての完成された美意識というか、ひとつの妥協も許さないお師匠さんの元で修業していましたから。

琉球王朝時代から続く名家を守ってこられたお師匠さんにがっかりされたくない、教えて頂いたことをまっとうに私も続けたいという気持ちが強くありました。

教室というのは、分かりやすく言ってしまうと、プロしかできないことを初めての方でも楽しめるように、様々な部分でゆるくする。
それは、正直に言うと、教えてもらった紅型の何かを捨てることのようで、辛い部分でもありました。

例えば、教室では樹脂顔料を中級までの方に使ってもらうこともひとつ。
細かいことで言うと、プロの仕事では、顔料を容器からとった後に、キッチンペーパーなどで筆を拭かなくても適量の顔料をとっているのでにじませることはしません。
なので、教室でキッチンペーパーを導入することも当初はすごく抵抗がありました。
でも、そのペーパーで拭くことをしないと、大半の生徒さんは顔料を布に染める際、にじませてしまう。

そのほかにも、数えたらキリがないのですが、教室では紅型というものを知って、楽しんで頂きたい、という思いから
なるべく失敗なく誰もが作品制作を楽しめる方法をとっています。

捨てると言いましたが、反対に教室を始めたことで得るものも多く、生徒さんの作品に感動したり、様々な方との出会いに感謝したり、その方が心から紅型を楽しまれている様子を拝見できたり、私自身も勉強になることも本当に沢山あります。


ところが教室を長くやっていると、生徒さんの中には、制作したものを販売したい、又は教えたい、と考える方もいらっしゃいます。
そういう方がでてくるのは、当然といえば当然です。

けれども、販売したい、教えたい、ということはプロになるということ。
そうであるのなら、教室の生徒さんの枠ではなく、きちんと本当の厳しい技術の紅型染めを知ってからにしてほしいと私は思うのです。

また技術に加え、沖縄の方が守ってこられた紅型の歴史も学び、感じ、紅型の素晴らしさと奥深さを知ってから、やって欲しいなと思います。

それを知っているのと知らないのでは、全然違うと思うのです。

それが私の望みです。


なかには実際、沖縄に修業へ行き、向こうの工房で働き頑張っている元生徒さんもいます。

もちろんそれは一例であって、こちらにいても紅型を極めることはできると思っています。
要は意識の問題なのだということを言いたいのです。

私の望みです、と先ほど書きましたが、望みを言うだけではダメな時期に来たのかもしれません。

具体的に、ここまで勉強したら、という線引きを作る時期に来たのでしょうか。

なぜこんなことを書くかというと、ほんの少し教室で制作されただけで紅型を分かった、作れる、と思ってしまう方も中にはいるからです。

非常に難しいことだな、と感じています。





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by tirinto | 2017-09-08 13:01 | チリントゥ日記 | Comments(0)